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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)8943号 判決

原告

松下電工株式会社

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

釜田佳孝

浦田和栄

谷口達吉

松本司

被告

ブラウン・ジャパン株式会社

右訴訟代理人弁護士

牧野良三

加藤義明

右輔佐人弁理士

矢野敏雄

主文

一  被告は別紙第一のイ号物件説明書記載の電気かみそりを製造し、輸入し、譲渡し、譲渡のために展示してはならない。

二  被告は前項の電気かみそりを廃棄せよ。

三  被告は原告に対し、金一六八〇万八〇四〇円及びこれに対する昭和五九年一二月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。但し、被告において金二〇〇〇万円の担保を供すれば、右仮執行を免れることができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

主文一項ないし四項と同旨の判決並びに仮執行の宣言。

2  被告

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告の請求原因

1  原告は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。

登録番号 第一五一二二〇一号

考案の名称 電気かみそり

出 願 日 昭和五二年七月三〇日

出願公告日 昭和五八年一月三一日

登 録 日 昭和五八年一〇月一七日

実用新案登録請求の範囲 別紙第二実用新案公報の該当欄記載のとおり

2  本件考案の構成要件及び作用効果は次のとおりである。

(一)  構成要件

(1) 振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成する。

(2) 振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するアームを設ける。

(3) アームの軸受を振動板間外に突出させる。

(4) 以上の構成から成る電気かみそりである。

(二)  作用効果

(1) 振動板間外にアームの軸受を突出せしめているので、アームの長さを振動板と振動板の幅に制限されず長くすることができる。従つてアームの疲労を減少させることができ、駆動部の寿命を長くすることができる。

(2) 振動板からアームを突設せしめているので、アームの長さを長くすると共にアームの軸受の位置を変更することができ、制御回路など他の部品の配置に応じてモーターの位置を変えることができる。

3  被告は、昭和五八年一〇月から別紙第一のイ号物件説明書記載の電気かみそり(以下「イ号物件」という。)を業として製造し、輸入し、譲渡し、譲渡のために展示している。

4  イ号物件の構成及び作用効果は次のとおりである。

(一)  構成

(1)振動子の両端から振動板を延設して駆動子を形成している。

(2) 振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するアームを設けている。

(3) アームの軸受を振動板間外に突出させている。

(4) 以上の構成から成る電気かみそりである。

(二)  作用効果

本件考案の作用効果(1)(2)と同じ作用効果がある。

5  イ号物件は次のとおり本件考案の技術的範囲に属する。

(一)  イ号物件の構成(1)は本件考案の構成要件(1)と実質的に同一である。

本件考案の構成要件(1)が振動子の両端から振動板を垂下するのに対し、イ号物件の構成(1)は振動子の両端から振動板を延設している。その点で両者は何れも本件考案の作用効果(1)(2)を奏するものであり、両者に構造上の実質的な差異はない。

本件考案が「振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成」したのは、これが剛体をなす振動子と薄肉状の振動板とにより駆動子を形成し、その機能上振動板は振動子を長手方向(振動方向)に振動せしめるものであるから、該振動板は振動子の長手方向(振動方向に対し交叉して配置されていなければならず、これが交叉方向に延設せしめるという意味で「垂下」と規定したものである。右と同様に、イ号物件にあつても、振動板によつて振動子を振動せしめるように、振動板を振動子の振動方向に交叉して延設しているものであり、本件考案と差異はない。

(二)  イ号物件の構成(2)ないし(4)は本件考案の構成要件(2)ないし(4)を充足する。

(三)  イ号物件と本件考案はその作用効果も同一である。

6  本件考案の技術的意義とイ号物件について

(一)  本件考案は従来公知の駆動子を改良したものである。本件考案の出願前において、別紙第三の(1)(2)記載のAタイプの駆動子とBタイプの駆動子とが公知であつた。従来の駆動子にあつては、アームが二つの振動板の間に納まるように設けられていたことから、アームの長さを一対の振動板間の空間よりも長くすることができなかつた。このためアームが疲労し易いという欠点があり、またモーターの設置位置を制限されるという欠点があつた(本件公報3欄20行〜4欄5行)。このような欠点は、従来公知の駆動子のうちAタイプのものに限られず、Bタイプのものにも全く同様に見られる欠点である。

本件考案は、右の欠点を解消し、「駆動部の寿命が長い電気かみそりを提供する」ことを目的とするものであり(同公報1欄20〜26行)、「アームの軸受を振動板間外に突出させた」ことを特徴とする。本件考案の技術的構成のうち構成要件(1)(2)の技術的事項は、本件公報第5図に示すように従来公知のものであり、これには前述のような欠点があつた。本件考案は、この従来公知の駆動子に改良を加え欠点を解消したものであり、その改良点は「アームの軸受を振動板間外に突出させた」点にある。

従つて、本件考案の特徴とする技術的構成は構成要件(3)の点にあり、これにより作用効果(1)(2)を奏するのであつて、これが新規であるとして実用新案登録されたのである。

(二)  本件考案が開示する図示実施例の駆動子はAタイプに属し、これに対してイ号物件の駆動子はBタイプに属する。しかし、本件考案の目的・構成・効果に鑑みるとき、タイプの相異に拘泥すべきではない。

本件考案が解決すべき課題とする従来技術の欠点は、これらのタイプの駆動子の何れにも全く同様に含まれていた。また、従来の欠点を解決するための本件考案の特徴的技術的構成は、これらのタイプの何れか一方の駆動子にのみ適用できるというものではなく、両方に同様に実施することができる。即ち、AタイプBタイプ何れの形式の駆動子に対しても、振動子を往復運動せしめるアームの軸受を振動板間外に突出せしめることにより、本件考案を同様に容易に実施することができる。更に、右のように実施した場合、奏する作用効果に何らの差異もない。

(三)  イ号物件は駆動子としてBタイプのものを用いている。しかし、Bタイプの駆動子は本件考案の出願前に極めて周知であり、他方Aタイプの駆動子も本件考案の出願前に極めて周知であつた。従つて、イ号物件は、従来周知であつた両タイプの駆動子のうちからBタイプのものを選択しただけであり、いずれのタイプの駆動子を選択するかは任意に選択しうる設計事項に過ぎない。

特に、イ号物件は、本件考案の新規な技術的構成に係る構成要件(3)を備えており、その結果、その駆動子がBタイプでありながら、本件考案の作用効果(1)(2)を奏する。即ち、イ号物件にあつても、アームの軸受を振動板間の外に突出させており、その結果、(1)アームの長さを長くすることができ、アームの疲労を減少し駆動部の寿命を長くすることができる、(2)軸受の位置を変更することができ、制御回路など他の部品の配置に応じてモータの位置を変えることができる、という作用効果を有する。

よつて、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することが明らかである。

7  被告は、昭和五八年一〇月から昭和五九年一一月三〇日までの間に、イ号物件を販売して合計五億六〇二六万八〇〇〇円売上げた。

被告は、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することを知りながら、又は過失によりこれを知らないでイ号物件を販売した。

そのため、原告は、右売上高に三パーセントを乗じた一六八〇万八〇四〇円の実施料相当額と同額の損害を蒙つた。

8  よつて、原告は被告に対し、本件実用新案権に基づき、イ号物件の製造等の差止め及びその廃棄、並びに、不法行為による損害賠償金一六八〇万八〇四〇円及びこれに対する不法行為後である昭和五九年一二月五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は認める。但し、本件考案の作用効果として、原告指摘の二点以外に、「振動板の長さも長くすることができ、振動板自体にかかる応力が緩和される」(本件公報3欄5〜6行)という重要な作用効果がある。

3  同3項は認める。但し、別紙第一のイ号物件説明書の二「図面の詳細な説明」の四段目、「縦板部31の内側より」と「薄肉部35」との間に、「振動子1の振動方向に対して直角方向にのみヒンジ作用を有する」との説明文を挿入すべきである。

4  同4項は争う。イ号物件の構成は次のとおり分説すべきである。

(1)  振動子の側方両端の縦板部の下縁において外方に突出して形成された肉厚の張出縁から、縦板部に対して上方にU字状に折り返した形で縦板部に対して平行な肉薄の振動板を形成し、その先端をケースの上部にある凹部内に固定している。

(2)  振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するための、振動子の振動方向に対して直角な方向にのみヒンジ作用を行う薄肉部と棒状アームとを設けている。

(3)  棒状アームの先端部に偏心軸の軸受孔を設け、この棒状アームの先端部に形成された偏心軸用の軸受孔を振動板間外に突出させている。

(4)  以上の構成から成る電気かみそりである。

5  同5・6項は争う。

6  同7項中、一段目は認めるが、その余は争う。

四  被告の主張

1  イ号物件の構成(1)は、「振動子の両端から振動板を垂下」しておらず、本件考案の構成要件(1)を充足しない。

(一)  振動板について、本件考案が「振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成」(構成要件(1))するのに対し、イ号物件は「振動子の側方両端の縦板部の下縁において外方に突出して形成された肉厚の張出縁から、縦板部に対して上方にU字状に折り返した形で縦板部に対して平行な肉薄の振動板を形成」(構成(1))した点で相違する。

(二)  本件考案は、「振動板の長さも長くすることができ」る(本件公報3欄5行)という作用効果を奏する。

本件考案が振動板の長さを長くすることを可能ならしめたのは、「振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成」(構成要件(1))したことによる。蓋し、ここで振動板の長さを長くするとの意味は、本件明細書の全記載及び第1図ないし第5図の振動子の形及び位置からみて、振動板を下方に長くするの意であることが明白であり、また振動板を下方に長くすることができるためには、振動子の両端から振動板を垂下させることが必要だからである。

しかし、振動板を下方に長くすることができるという作用効果は、他面においてそれだけ電気部品の収容スペースが小さくなるか、電気かみそりのケーシング全体の大きさを大きくしなければならない、という欠点を生ずることは避けられない。

これに対して、イ号物件は、振動板を下方に長く垂下することなく、「振動板を縦板部に対して上方にU字状に折り返し先端をケース内の上部に固定」(構成(1))することにより、駆動子を従つて電気かみそり自体をコンパクトに形成することができる。

このように、イ号物件の構成(1)と本件考案の構成要件(1)の相違に対応して、両者は顕著な作用効果上の差異を生ずる。

(三)  原告は、振動子の両端から振動板を垂直に延設した点では、本件考案もイ号物件も何ら差異はないと主張する。

しかし、もともと電気かみそりは可動刃を上にして使用するものであり、可動刃を下にして髭をそる者は絶無であるから、その考案における構成部分の態様を把握するには、可動刃を上にした状態で、振動板が下方に垂下しているか上方に折り返しているかを見るべきである。

右の意味において、本件考案における振動板が「垂下」するとは、文字どおり下方に向かつて真直ぐに垂れ下がることであり、この「垂下」には、イ号物件の構成(1)を含まない。

(四)  原告は、イ号物件は振動子の両端から振動板を延設していると極めて曖昧な表現をした上で、両者はいずれも本件考案の作用効果(1)(2)を奏するものであり、両者に構造上の実質的な差異はないと主張する。

しかし、原告のいう延設とは、振動板を縦板部に対して上方にU字状に折り返し先端をケース内の上部に固定することにほかならない。これによつて、駆動子及び電気かみそりをコンパクトに形成できる。この作用効果は本件考案にはない。

従つて、イ号物件は、その構造及び作用効果において本件考案と全く異なるものである。

(五)  原告は、振動板は振動子の長手方向(振動方向)に対し交叉していなければならないとし、本件考案では交叉方向に振動板を延設せしめるという意味で「垂下」と規定したという。

しかし、本件実用新案の明細書中には「交叉」なる用語は一切なく、「交叉」が「垂下」と同義である旨の記載もない。また、本件考案にあつてはアームが振動方向に撓むものであり(本件公報1欄34〜35行)、そのため後記のとおり振動板は殆ど振動方向に振動しないから、振動板が振動子の長手方向に「交叉」して配置される必要はない。このように「垂下」と「交叉」とを同義と見ることはできない。

しかも、当業者の常識的理解からみても、「垂下」とは振動板を下に長く延ばすことをいい、振動板が垂下の途中で縦板部と平行に上方に折り返す如き特殊な場合を含まない。もし「垂下」の意味が「交叉」と同義だというのであれば、「交叉」の語を登録請求の範囲に記載するか、「垂下」と「交叉」が同義であることを明細書で説明し、イ号物件の如く振動板を縦板部と平行に上方に折り返してなる駆動子を図面に挿入すべきであつた。

これを怠りながら、侵害訴訟の場において突然用語の意味を変えたりこれを無視することは、登録請求の範囲の記載が権利保護の範囲及び内容を特定する事項であることを無視するものである。また、必要のない無意味な限定を付して権利を得た以上、これによつて権利保護範囲が縮少せられる不利益を甘受すべきは権利者たる原告であり、これを第三者である被告に転嫁すべきではない。

2  イ号物件のアームと本件考案のアームとは、構成及びその作用効果が相違し、イ号物件の構成(2)は本件考案の構成要件(2)を充足しない。

(一)  本件考案のアームが「振動方向及びこれと直角方向に撓む」(本件公報1欄34〜35行)のに対し、イ号物件のアームは「振動子の振動方向に対して直角な方向にのみヒンジ作用を行う」(構成(2))ものであつて、両者は相違する。

この構成上の相違に基づいて、本件考案のアームとイ号物件のアームとは顕著な作用効果上の差異を生ずる。即ち、本件考案のアームは振動方向にも撓む結果、モータの回転運動から往復運動に変換された力がアームの振動方向の撓みによつて大きく減殺され、振動板は殆ど振動方向に振動せず、可動刃は往復運動をすることができないので、実用に供しえない欠点を有する。これに対し、イ号物件のアームの薄肉部は振動方向に対し直角方向にのみヒンジ作用をするので、モーターの回転運動は全部振動子の振動に変換され、可動刃を極めて効率的に往復運動させることができる。

(二)  原告は、本件考案ではアームが振動方向に撓むことを全く要件としておらず、そのような事項を一切登録請求の範囲には記載していないと主張する。

たしかに登録請求の範囲には、「このアームの軸受を振動板間外に突出させ」ることが記載されているだけであり、アームの材料が何でもよいのか、アームは撓むのかどうか、撓むとすればどの方向に撓むのかについて一切記載がなく、その技術内容は不明である。

かかる場合には、その技術内容を明らかにするため考案の詳細な説明を参照することができる。この見地に立つて本件明細書を見るに、「振動方向及びこれと直角方向に撓むロッド状のアームが固定され」(本件公報1欄34〜36行)、「従つて振動方向に運動するとともにこれと直角方向に運動する」(同公報2欄29〜30行)と明記されている。

即ち、本件考案のアームは振動方向にも撓むアームであり、振動方向にも撓むという技術的限定を付したアームであると解される。

(三)  原告は、イ号物件のアームには薄肉部を設けているからといつて、これが本件考案のアームと異なるものではないと主張する。

しかし、イ号物件のアームは剛性であつて、可撓性の薄肉ヒンジ部があり、この可撓性のヒンジがアームの負荷を軽減し、疲労を軽減する機能を果す。ところが、本件考案においては、アーム自体を撓み易くすることによつて負荷の軽減と疲労減少の機能を果させるのであるから、薄肉部を必要としない。

このように両者は構成を異にする。

3  本件考案は実施不能で無効であり、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属さない。

(一)  本件考案では前記2(一)のとおり振動板は殆ど振動せず、可動刃は往復運動をすることができない。この意味で本件考案は実施不能の考案である。

従つて、本件考案は「産業上利用することができる考案」に該当せず、無効である。

仮に無効審判の確定までこれを有効と扱わねばならないとしても、実施不能の考案は「産業の発達に寄与する」という法の目的に背馳する点で、これを保護する必要は皆無であるから、その技術的範囲を極限まで狭く解し、その実施例の範囲をもつて技術的範囲と解すべきである。

然るときは、本件考案は、「振動子の張出縁より縦板部と平行に延び、振動板の先端にて外方に屈折して延長された厚肉の係止部を備える」との構成を要件とせず、かつ、イ号物件のアームが振動子の振動方向に対して直角方向にのみヒンジ作用を有するのに対し、本件考案は振動子と直角方向のみならず振動方向にもヒンジ作用を有する点で、両者は構成を異にし、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属さない。

(二)  原告は前記のとおり、本件考案のアームは振動方向に撓むことを全く要件としておらず、そのような事項を一切登録請求の範囲には記載していないと主張する。

しかし、本件考案が実施不能かどうかは明細書の全記載から判断すべきであり、単に登録請求の範囲の記載によつて定めるべきではない。蓋し、出願に係る考案が実施不能であるにも拘わらず、登録請求の範囲には実施可能であるかの如く装つておけば登録が無効とされることはないと解することは、実用新案法の目的に反するからである。

この意味において、アームが撓むことが考案の詳細な説明の項のみに記載されているにしても、その記載は本件考案の命運を左右する重大な意味を有し、本件考案は実施不能=無効と解すべきである。

(三)  本件考案のアームが、「振動方向及びこれと直角方向に撓む」(本件公報1欄34〜35行)ことは、本件明細書が明記するところである。原告は、右記載は単なる実施例の記載であり、本件考案がこれに限定されなければならない理由はないと主張する。しかし、実施例が本件考案に含まれることは否定できないので、本件考案は無効な実施例を含むことになり結局全体として無効である。

もし本件考案が実施可能であるならば、最初からアームが「振動方向及びこれと直角方向に撓む」などと記載すべきではなかつた。右記載がある以上、本件考案が実施不能であり無効であることを免れえない。

4  アームの長さについて

(一)  原告は、本件考案の特徴とする技術的構成が構成要件(3)にあり、これによつて作用効果(1)を奏すると主張する。

(二)  しかし、「アームの長さを長くする」ことと、「アームの軸受を振動板間外に突出させた」こととは直接的関連はない。

振動板間の間隔を狭くすれば、アームの長さを一定にしておいてもアームを振動板間外に突出させることが可能であり、またアームを振動板間内においても、振動板間の間隔を広くすればアームを長くすることが可能である。

(三)  結局、本件考案は、もし原告の主張する如く構成要件(3)のみに特徴があり、構成要件(1)(2)にはないものとすれば、構成要件(3)は原告主張の作用効果を奏せざることになるから無効となる。

仮に構成要件(1)(2)の点に本件考案の新規性があるものとすれば、本件考案の構成要件はこれを狭く解し、本件登録請求の範囲中「振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成し」た点にのみ存し、これにより、「振動板の長さも長くすることができ」るという作用効果のみを奏するものと解すべきである。

5  原告の主張は禁反言の原則に違反し許されない。

(一)  本件明細書の登録請求の範囲には「振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成し」と明記されており、考案の詳細な説明には「各振動板の下端には内側に延び対向した係止具がそれぞれ設けられており、貫通したねじ孔が穿設されている」(2欄2〜4行)と明記されている。

本件明細書添付図面第5図には従来型の電気かみそりとしてAタイプの駆動子のものが示されており、本件考案は従来の「(Aタイプの)振動板間外にアームの軸受を突出せしめる」ことにより、従来の(Aタイプの)駆動子を有する電気かみそりの欠点を改良することが明記されている(3欄20行ないし4欄14行)。

右引用個所には(Aタイプ)という文字こそないが、右のような図面および文言のある以上、本件考案がAタイプの駆動子を有する電気かみそりの考案であるとの記載自体はないとしても、特許法的評価の面からすればその旨が記載されているのと同じである。

しかも、Aタイプの駆動子を有する本件考案の電気かみそりが出願されるより以前に、Bタイプの駆動子を有する電気かみそりは既に公知であり、国民の共有財産になつていた。

(二)  以上によれば、本件考案が「振動板を垂下して駆動子を形成」する構成を登録請求の範囲に掲げた以上、本件考案は意識的にAタイプの駆動子を有する電気かみそりに技術的範囲を限定したものと解すべきである。原告は本件考案の出願当時、Bタイプの駆動子を有する電気かみそりが本件考案の技術的範囲外であることを知つていたものであり、その技術的範囲がこのような電気かみそりに及ばないことを宣言したものである。

別紙第一(編注) 第1図

第2図

第3図

しかるに、原告は、本件訴訟において、本件考案がAB両タイプの電気かみそりに実施できるとし、本件考案の奏する作用効果は何れのタイプの駆動子にあつても同じであると主張するに至つた。かかる主張は禁反言の原則に反する。

(三)  なお、原告は、「往復式電気かみそりの駆動構造」に関する原告の出願(乙第一号証)において、Aタイプの駆動子よりもBタイプの駆動子の方が優れた作用効果を奏する旨明言している。しかるに、原告は、本件訴訟において俄かに態度を改め、Aタイプの駆動子もBタイプの駆動子も作用効果上の差異はないと主張しており、この点からも禁反言の原則に反する。

6  原告の本訴請求は権利の濫用であつて許されない。

(一)  本件考案出願当時、Aタイプの駆動子とBタイプの駆動子とは、それぞれ別個独立の技術的領域を有する公知の駆動子として国民の共有財産となつていた。

本件考案は、Aタイプの駆動子に若干の改良を施した点に新規性と進歩性が認められて権利化されたものであり、駆動子自体がAタイプのものであることに変わりはない。

しかも、原告は、前記出願(乙第一号証)において、Aタイプの駆動子に比べてBタイプの駆動子が優れている旨国民に開示している。

(二)  従つて、本件考案の技術的範囲は、本件明細書に記載されているとおりAタイプの駆動子を構成要件とする電気かみそりに限定されるべきである。

(三)  しかるに、原告は両タイプの駆動子が本件考案出願時に独立別個の技術的領域に属するものとして公知であり、それぞれ別個に国民の共有財産に属し、相互に侵すことなく両立して発達してきた技術であることを無視している。

原告は、本件訴訟において、Bタイプの駆動子を本件考案の技術的範囲に取り込み、Bタイプの駆動子を構成要件とするイ号物件がその権利範囲に属するものと主張し、その製造販売の差止等を求めているのである。

従つて、原告の本訴請求は、国民の共有財産を私有化するものであり、権利の濫用であつて許されない。

五  原告の反論

1  イ号物件の特定について

被告は、イ号物件説明書中に、アーム5の薄肉部35が「振動子の振動方向に対して直角方向にのみヒンジ作用を有する」旨の記載を明記すべきであると主張する。

しかし、右の技術的事項は薄肉部の作用に関するものであり、イ号物件の特定の問題とは別に被告の主張として行われるべきである。蓋し、イ号物件説明書には技術的構成が特定されておれば十分であり、作用までも記載することは必要でない。

2  本件考案の「垂下」の意義について

(一)  被告は、本件考案にあつては振動板を垂下することによつて、振動板の長さを長くするという作用効果を奏すると主張する。

しかし、右作用効果は、登録請求の範囲に記載された考案から生ずる効果ではなく、「モーターを駆動子の側部に設け」たという実施例から生ずるものにすぎない。

即ち、本件明細書は、第1図及び第2図に示す実施例と、第3図及び第4図に示す実施例との二つを開示する。本件公報1欄29行〜2欄12行は第1図及び第2図の実施例の技術的構成を説明し、同2欄35行〜3欄10行はその実施例に対応する作用効果を説明したものである。また同2欄13〜25行は第3図及び第4図の実施例の技術的構成を説明し、同3欄11〜17行はその実施例に対応する作用効果を説明したものである。被告が主張する振動板の長さを長くすることができるとの記載は、公報3欄5行において第1図及び第2図の実施例に対応して記載された作用効果である。

このような実施例に対して、登録請求の範囲に記載された技術的構成に基づく本件考案の作用効果は、公報4欄6〜14行に記載のとおりであり、右の実施例の作用効果とは明瞭に区別されている。

従つて、被告の主張は、イ号物件が本件考案の実施例と相違するというに帰し、これが本件考案の技術的範囲に属しないとの理由としては適切でない。

(二)  被告は、本件明細書中には「交叉」なる用語が一切使用されていないから、「垂下」が「交叉」と同義であるという原告の主張は正しくないという。

しかし、本件考案の振動板の機能は、振動方向にのみ撓む性質によつてアームの振動方向の運動を可動刃に伝達する点にある。従つて、振動板が上向きであるか下向きであるかによりその作用に本質的な差異はなく、その意味で「垂下」というも「交叉」というも技術的思想としては同義である。

(三)  被告は、本件考案ではアームが振動方向に撓み、振動板が殆ど振動方向に振動しないものであるから、振動板は振動子の長手方向に交叉して配置される必要はないと主張する。

しかし、第一に、本件考案においてアームが振動方向に撓むとの記載は単なる実施例に関するものであり、本件考案の技術的範囲がそのような事項により限定されなければならない理由はない。

第二に、本件明細書には、アームの振動方向の運動を振動板に伝達し、振動板を振動方向に振動せしめることにより、可動刃が往復振動することの記載がある(本件公報2欄26〜34行)。この記載を看過して、振動板は殆ど振動方向に振動しないという被告の主張は失当である。

(四)  被告は、本件考案の登録請求の範囲に「垂下」との記載があり、これが「交叉」と同義であるとの説明がない以上、「垂下」とは振動板を下に長く延ばすことであり、振動板を垂下の途中で縦板部と平行に上方に折り返す如き特殊な場合を含まないと主張する。

しかし、考案とは自然法則を利用した技術的思想の創作であるから、本件考案の技術的範囲を決定するに際しては、登録請求の範囲に記載された文言の字義に拘泥すべきではなく、その記載により表わされた実質的な技術的意義を考察すべきである。本件考案における「垂下」とは、請求原因5(一)のとおり、振動板がその機能を果すために振動子の振動方向に対して交叉していなければならないため、そのことを表わすに用いた言葉である。

なお、被告は、イ号物件の振動板が特殊であると主張するが、この振動板は本件考案の出願前から周知であつたBタイプの駆動子に属するもので、何ら特殊ではない。

3  本件考案のアームについて

(一)  本件考案のアームは、(1)振動子に設けられて偏心軸の回転を往復運動に変換するものであること、(2)軸受を振動板間外に突出させたものであることの二要件を充足するものであればよい。

従つて、被告が主張するようなアームが振動方向に撓むことを全く要件としておらず、そのような事項を登録請求の範囲には一切記載していない。

イ号物件は右(1)(2)の要件を充足する。

(二)  また、イ号物件が薄肉部を設けているからといつて、これが本件考案のアームと異なるものではない。蓋し、本件考案は、「振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するアームを設け、このアームの軸受を振動板間外に突出させて成る」ものであり、右のアームが被告の主張するような薄肉部を設けているか否かを問わないからである。イ号物件は右の要件を充足する。

本件考案では、イ号物件のような薄肉部を設けると否とに関係なく、アームの軸受を振動板間外に突出させ、アームを長く形成することができる結果、アームが短い場合に比して、アームの疲労を減少させることができるものである。薄肉部を設けたイ号物件のアームにおいても、アームの揺動支点である該薄肉部に受ける応力を減少させることができ、結局アームの疲労を減少させることができることに変わりはない。

因に、電気かみそりの駆動子において、振動子を往復運動せしめるアームに薄肉部を設けることは、本件考案の出願前に公知である(甲第一二号証)。イ号物件のアームが薄肉部を設けた点は、右の公知技術に示されるように単なる設計事項にすぎない。

(三)  被告は、本件考案の登録請求の範囲には、「アームの軸受を振動板間外に突出させ」ることが記載されているだけであり、アームがどのような材料からなるものであつてもよいのか、アームは撓むのか、撓むとすればどの方向に撓むのかについて一切記載がなく、技術内容が不明であると主張する。

しかし、本件考案はアームについて、登録請求の範囲に前記構成要件(1)(2)を記載しており、アームの技術的構成の記載は明確である。即ち、アームは振動子に設けられ、振動板間外に突出された軸受を有しており、偏心軸の回転を往復運動に変換する機能を有するものである。被告が主張するような材質及び撓みの有無等は本件考案の必須要件とは無関係である。

(四)  被告は、本件明細書中にアームが振動方向にも撓むとの記載があるから、本件考案のアームとはこのように撓むものと解すべきであり、そうすると、モータの回転運動から往復運動に変換された力は大きく減殺されて振動板を殆ど振動せず、可動刃を運動せしめることができず、この意味で本件考案は実施不能であると主張する。

しかし、前記2(三)のとおり右記載は単なる実施例に関する記載であり、本件考案がこれに限定されなければならない理由はない。本件明細書には前記2(三)のとおりアームの作用の記載(本件公報2欄28〜34行)がある。被告の主張するような実施不能で無効の点は全くない。

4  実施不能で無効の主張(被告主張3)について

前述のように本件考案は実施可能であり、被告主張の無効理由はない。従つて、その技術的範囲を実施例どおりに限定すべき理由もない。

5  アームの長さ(被告主張4)について

本件考案がアームの軸受を振動板間外に突出することによりアームの長さを長くすることができるというのは、アームを振動板間内に配置する構造に比較した場合の相対的な効果であり、これが本件考案の効果として充分に成立する。

本件考案は従来の駆動子を改良したものであり、構成要件(3)以外は従来技術と同様の構成であることを前提とする。構成要件(3)以外の技術的構成を同一条件とすれば右の効果を奏するというものであり、被告主張の如く振動板間の間隔を広狭変化させる等々のように、条件を異にするものの間での効果の優劣を意図しているのではない。

被告の主張するような登録無効事由はない。

6  禁反言の原則違反の主張(被告主張5)について

乙第一号証の出願(昭和五四年五月九日)は、本件考案(昭和五二年七月三〇日)に対し後願であり、本件考案とは全く別の発明を対象とする。即ち、本件考案は、乙第一号証の出願とは全く独立に無関係に出願され登録されたものであり、乙第一号証の記載内容によつて何らの制限を受けることはない。

六  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件考案の構成要件は請求原因2項の(一)の(1)ないし(4)記載のとおり分説するのが相当であり、本件考案が同2項の(二)の(1)(2)記載の作用効果を奏するものであることが肯認できる。

第二  実用新案公報

実用新案登録請求の範囲

振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成し、振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するアームを設け、このアームの軸受を振動板間外に突出させて成る電気かみそり。

第1図

第2図

第3図

第4図

第5図

被告は、本件考案の作用効果として、右(1)(2)以外に、「振動板の長さも長くすることができ、振動板自体にかかる応力が緩和される」との重要な作用効果がある旨主張するので、以下右主張について考察する。

〈証拠〉によれば、本件実用新案の「考案の目的」は本件公報1欄20〜26行に記載され、「考案の構成」は同1欄27行〜3欄19行に記載され、「考案の効果」は同3欄20行〜4欄14行に記載されている。右の「考案の構成」として説明された記載は実施例の記載である。本件実用新案の明細書及び図面には、二つの実施例の記載がある。第一の実施例は図面第1図及び第2図に示され、その技術的構成の詳細は公報の1欄29行〜2欄12行に記載され、その実施例に基づく効果は2欄35行〜3欄10行に記載がある。第二の実施例は図面第3図及び第4図に示され、その技術的構成の詳細は公報の2欄13〜25行に記載され、その実施例に基づく効果は3欄11〜17行に記載がある。そして右第一及び第二の何れの実施例にも共通の作用について公報2欄26〜34行に記載がある。

被告の指摘する公報3欄5〜6行の「振動板の長さも長くすることができ、振動板自体にかかる応力が緩和される」との記載は、公報の第1図及び第2図の実施例における効果に関するものであり、第一の実施例から生ずる単なる実施例の効果の記載である。右実施例効果は第3図及び第4図の実施例については記載がない。それは第3図及び第4図の実施例の効果ではないからである。これに対して、登録請求の範囲に記載された技術的構成に基づく本件考案の作用効果は、公報4欄6〜14行目に記載のとおりであり、右実施例の効果とは明瞭に区別されている。従つて、本件考案の作用効果に関する被告の前記主張は失当である。

二請求原因3項の事実は、別紙第一のイ号物件説明書記載の説明文(但しアーム5の薄肉部35については争いがある。)及び図面を含め、当事者間に争いがない。

被告は、イ号物件説明書中に、アーム5の薄肉部35が「振動子の振動方向に対して直角方向にのみヒンジ作用を有する」旨の記載を明記すべきであると主張する。

しかし、〈証拠〉によれば、薄肉部は振動子の振動方向に対して直角方向にのみヒンジ作用を有すべく格別の工夫がなされているわけではなく、縦板部との接続部付近のアームの肉厚を単に薄くしたにすぎず、薄肉部が振動方向に対して直角方向にヒンジ作用を有するのであれば、当然振動方向に対してもヒンジ作用を生じることが認められる。

このように、薄肉部が振動子の振動方向に対して直角方向にのみヒンジ作用を有するものとは認められないので、イ号物件は別紙第一のイ号物件説明書記載の説明文及び図面のように特定するのが相当である。

三右イ号物件説明書の記載によれば、イ号物件の構成は次のとおり分説するのが相当である。

(1)  横板部の両端より縦板部を直角方向に延設し、縦板部の先端を外方に突出して張出縁を形成して以上を振動子となし、張出縁から振動板を可動刃方向に縦板部と平行に延設して、駆動子を形成している。

(2)  振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するためのアームを設けており、右アームは縦板部との接続部付近が薄肉部となつている。

(3)  アームの軸受を振動板間外に突出させている。

(4)  以上の構成から成る電気かみそりである。

被告は、イ号物件の構成(1)について、「振動板の先端をケースの上部にある凹部内に固定している。」についても、明記すべきであると主張する。しかし、本件考案は電気かみそりの駆動部に関するものであり、振動板とケースとの固定手段は任意事項(本件考案の構成要件とはなつていない。)であるから、イ号物件における振動板固定の態様は、本件考案の構成要件と対比する場合の対象範囲外であると解される。従つて、イ号物件の構成(1)について、被告主張の固定態様を加える必要はない。

四イ号物件の構成(1)が本件考案の構成要件(1)を充足するか否かについて考察する。

1  〈証拠〉によれば、イ号物件の駆動子は、剛体構造の振動子と薄肉の振動板からなり、横板部と縦板部と張出縁(いずれも剛体構造)が全体として振動子(剛体部)を構成し、その振動子の両端である張出縁から可動刃方向に振動板(可撓部)を延設したものである。

従つて、イ号物件の構成(1)は、振動子の両端から振動板を可動刃方向に縦板部と平行に延設して駆動子を形成したものである。他方、本件考案の構成要件(1)は、振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成するものである。

そうすると、イ号物件の構成(1)が本件考案の構成要件(1)を充足するか否かは、イ号物件の「振動板を可動刃方向に縦板部と平行に延設」の構成が、本件考案の「振動板を垂下」の要件を充足するか否かにかかる。

ところで、明細書の登録請求の範囲の文言の意味・内容を解釈・確定するに当つては、その文言の言葉としての一般的抽象的な意味内容のみにとらわれず、詳細な説明の欄に記載された考案の目的、その目的達成の手段としてとられた技術的構成及びその作用効果をも参酌して、その文言により表わされた技術的意義を考察したうえで、客観的・合理的に解釈・確定すべきである。

2  本件考案は、従来の電気かみそりの駆動部を改良したものであり、駆動部の寿命を長くすることを目的としたものである。従来の駆動子がアームを二つの振動板の間に納まるように設けていたため、アームの長さを一対の振動板間の空間よりも長くすることができず、そのため偏心軸からの応力を吸収できず疲労し易いという欠点があり、またモーターの設置位置を制限されるという欠点があつた。本件考案は、右の欠点を解消し、駆動部の寿命が長い電気かみそりの提供を目的とするものであり、アームの軸受を振動板間外に突出させたことを特徴とする。

本件考案は、前記目的を達成するためになされたものであり、その目的達成の手段として構成要件(1)ないし(3)のとおりの技術的構成を有する。本件考案の技術的構成のうち、「振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成し、振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するアームを設けた」点の技術的事項(構成要件(1)(2))は、本件明細書第5図にも示されているように従来公知のものであり、前述のような欠点を有していた。本件考案は、この従来公知の駆動子に改良を加え、右駆動子の欠点を解消したものであり、その改良点は、「アームの軸受を振動板間外に突出させた」点にあり、本件考案の特徴とする技術的構成は構成要件(3)の点にある。

本件考案の作用効果は、(1)アームの長さを長くすることができるので、アームの疲労を減少させ、駆動部の寿命を長くすることができる、(2)アームの軸受の位置を変更することができるので、制御回路など他の部品の配置に応じてモーターの位置を変えることができることである。右の作用効果は、全て「アームの軸受を振動板間外に突出させた」点の構成要件(3)に基づくものであり、従来公知の構成要件(1)(2)に基づくものではない。従つて、本件考案は構成要件(3)に特徴があり、これにより右の格別な作用効果を奏するものである。

3  〈証拠〉によれば、本件考案の出願前において、既に別紙第三の(1)(2)記載のAタイプの駆動子とBタイプの駆動子が周知であつた。本件考案が開示する図示実施例の駆動子がAタイプに属するものであるのに対し、イ号物件の駆動子はBタイプに属する。電気かみそりを実施するに際し、Aタイプ又はBタイプの何れの形式の駆動子を採用するかは、必要に応じて任意に選択しうる設計事項にすぎない。

従来の駆動子において、一対の振動板間の幅によりアームの長さが制限されるという欠点は、Aタイプ及びBタイプのいずれの駆動子にも共通の欠点である。従つて、本件考案が解決すべき課題とした従来技術の欠点は、二つのタイプの駆動子に全く同様に含まれていたものであり、本件考案は、いずれのタイプの駆動子をも同様に目的とするものである。

本件考案の新規な技術的構成は、「アームの軸受を振動板間外に突出させた」点(構成要件(3))にあるところ、Aタイプ又はBタイプの何れの形式の駆動子に対しても、振動子を往復運動せしめるアームの軸受を振動板間外に突出せしめることにより、本件考案を何れも全く同様に容易に実施することができる。しかも、A、Bいずれのタイプの駆動子でも、アームの軸受を振動板間外に突出せしめることにより、本件考案の作用効果(1)(2)を奏することができる。

従つて、本件考案の目的・構成・効果に鑑みれば、Bタイプの駆動子を用いた電気かみそりであることから、直ちに本件考案の技術的範囲から外れるものとすべきではない。

4  本件明細書には、「次に作用について説明する。モーターに連結された偏心カムの偏心軸は回転運動をし、偏心軸に連結したアームは偏心軸の運動に従つて振動方向に運動すると共にこれと直角方向に運動する。しかるに振動板は振動方向にのみ撓む性質を有するので、アームの振動方向の運動は振動板に伝わり、振動板は振動方向に振動し、この振動を可動刃に伝達し、可動刃は往復運動する。」旨記載されている。

従つて、本件考案の振動板の機能は、振動方向にのみ撓む性質によつて、アームの運動を振動子を通じて可動刃に伝達する点にある。本件考案が「振動子の両端から振動板を垂下して駆動子を形成」したのは、剛体をなす振動子と薄肉状の振動板とにより駆動子を形成し、その機能上振動板は振動子を振動方向に振動せしめるものであるから、振動板は振動子の長手方向(振動方向)に対し交叉して配置されなければならず、これが交叉方向に延設せしめるという意味で「垂下」と規定したのである。即ち、本件考案が構成要件(1)において振動板を「垂下」したと記載しているのは、振動板の振動を介してアームの運動を可動刃の往復運動にする構成を表現するためであり、その技術的意義は、振動板がその機能を達するために振動子の振動方向(長手方向)に対して交叉して配置されているという点にある。従つて、振動板が振動子の両端から振動子の長手方向に対して交叉して配置されていさえすれば、振動板が可動刃と反対方向に延設しておろうと(Aタイプの駆動子)、将又可動刃方向に延設しておろうと(Bタイプの駆動子)、その果す機能には差異がなく、その意味で「垂下」というも「交叉」というも技術的意義は同一である。

第三  駆動子の型式

(1)Aタイプ

(2)Bタイプ

第四  振動板の垂下説明図

(一)可動刃を上に向けた場合

(二)可動刃を下に向けた場合

(三)図面番号の説明

1振動子 2振動板 3駆動子 5アーム

6軸受孔 7係止部 10モータ 12偏心軸

18可動刃 30横板部 31縦板部 34張出縁

しかも、本件考案の目的及び効果は、全て「アームの軸受を振動板間外に突出させ」たという新規部分(構成要件(3))に由来しており、右目的及び効果を達するためには、振動板が振動子の両端から可動刃と反対方向に延設されている(Aタイプ)と、可動刃方向に延設されている(Bタイプ)とを問わないのである。

ところで、イ号物件は、従来何れも周知であつたAタイプ及びBタイプの駆動子のうちから、Bタイプの駆動子を選択しただけのものであり、いずれのタイプの駆振動子を選択するかは任意に選択しうる設計事項にすぎない。即ち、イ号物件にあつても、振動子の両端から振動板を可動刃方向に延設して駆動子(Bタイプ)を形成したものであり、振動板によつて振動子を振動方向に振動せしめるように、振動板を振動子の振動方向(長手方向)に交叉して延設している。しかも、イ号物件は、本件考案の新規な技術的構成に係る構成要件(3)を具備しており、その結果本件考案の作用効果(1)(2)を奏する。してみれば、イ号物件の構成(1)は本件考案の構成要件(1)を充足することが認められる。

5  被告は、もともと電気かみそりは可動刃を上にして使用するものであり、可動刃を下にして髭をそる者は絶無であるから、可動刃を上にして、振動板が下方に「垂下」しているか、上方に折り返しているかを見るべきであると主張する。

しかし、本件考案の構成要件(1)の「垂下」とあるのは、振動板が機能を果すために、振動子の両端から振動子の振動方向(長手方向)に対して交叉して配置されていなければならないことから、振動板をこのように交叉方向に延設せしめることを示す意味で規定したものと認められる。「垂下」の文言は振動子と振動板との相対的な配置関係を明らかにするための技術的用語として使用されたものと認められ、振動板と可動刃との位置関係を明らかにするために使用したものとは認めえない。振動子と振動板との配置関係を明らかにするために使用された「垂下」の文言を解釈するについては、必ず可動刃を上に向けた状態で振動板が「垂下」しているか否かを判断しなければならない必然性はなく、むしろ可動刃を上下いずれの方向に向けた状態でも、同一の意義・内容をもつように解釈すべきである。

ところで、イ号物件は、横板部と縦板部と張出縁とが全体として振動子を構成し、その振動子の両端である張出縁から振動板を可動刃方向に延設したものである(別紙第四の(一)参照)。可動刃を下に向けた場合には、振動子と振動板との配置関係は、振動子の両端(張出縁)から振動板が正に国語的意味において「垂下」している、即ち下方に向つて真直ぐに垂れ下がつている状態にある(別紙第四の(二)参照)。

従つて、かかる見地からしても、イ号物件は振動子の両端から振動板が垂下していること、即ちイ号物件の構成(1)が本件考案の構成要件(1)を充足することが認められる。

6  被告は、本件考案ではアームが振動方向に撓むものであることから振動板が殆ど振動方向に振動しないとし、振動板は振動子の長手方向に「交叉」していなければならない理由はなく、「垂下」と「交叉」は同義ではないと主張する。

しかし、本件明細書には、アームの振動方向の運動を振動板に伝達し、振動板を振動方向に振動せしめることにより、可動刃を往復振動することが明記されている。従つて、振動板が殆ど振動方向に振動しないことを前提とする被告の主張は失当である。なお、この点については後記五の1で詳細に述べる。

7  被告は、本件考案が振動板を垂下するから、振動板の長さも長くすることができるという作用効果を奏すると主張する。

しかし、右作用効果は、登録請求の範囲に記載された技術的構成から生ずる効果ではなく、明細書の第一図及び第二図の実施例から生ずる単なる実施例の効果であることは、前記一で考察したとおりである。従つて、被告の主張は、イ号物件が明細書の第1図及び第2図の実施例と相違するというものであり、イ号物件の構成(1)が本件考案の構成要件(1)と相違するとの理由としては適切でない。

五イ号物件の構成(2)が本件考案の構成要件(2)を充足するか否かについて考察する。

1  被告は、本件考案のアームが振動方向にも撓む結果、モーターの回転運動から往復運動に変換された力がアームの振動方向の撓みによつて大きく減殺され、振動板は殆ど振動方向に振動せず、可動刃は往復運動をすることができないので、実用に供しえない欠点を有する旨主張する。

しかし、本件考案はアームの技術的構成に関して、登録請求の範囲に、「振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するアームを設け、このアームの軸受を振動板間外に突出させて成る」と明記している。即ち、本件考案のアームは振動子に設けられ、振動板間外に突出された軸受を有しており、偏心軸の回転を往復運動に変換する機能を有するものである。これによりアームの技術的構成は明瞭であり、被告が主張するようなアームが振動方向に撓むことを要件としておらず、そのような事項を登録請求の範囲には記載していない。被告の指摘する明細書の記載部分は第1図及び第2図の実施例に関する記載である。第3図及び第4図の実施例に関する説明においては、可撓片19、可撓片20と「可撓」の語が記載されているにすぎず、「アームが振動方向に撓む」ことの記載はない。従つて、本件考案の構成要件として「アーム」が振動方向に撓むことが定められたと解することはできない。

本件明細書には、第1図及び第2図の実施例の説明中で、「振動方向およびこれと直角方向に撓むロッド状のアーム」と記載されている。しかし、アームに偏心軸からのわずかな力が加わるだけで、直ちにアームが振動方向に撓んで往復運動を減殺してしまうと記載されているわけではなく、また、振動板が振動方向に撓む以前にアーム自体が振動方向に撓んでしまうと記載されているわけでもない。むしろ、明細書には作用の説明において、「偏心軸に連結したアームは、偏心軸の運動に従つて振動方向に運動すると共にこれと直角方向に運動する。しかるに振動板は振動方向にのみ撓む性質を有するので、アームの振動方向の運動は振動板に伝わり、振動板は振動方向に振動し、この振動を可動刃に伝達し、可動刃は往復振動する」と明確に記載されている。従つて、たとえロッド状のアームが振動方向にも撓むものであつても、振動板の撓みとの相対的関係によつて振動板を振動させることができるものであり、アームの振動方向の運動を振動板に伝達し、振動板を振動方向に振動せしめることにより、可動刃を往復振動させることが容易に理解できる。

2  イ号物件のアームは、前記のとおり縦板部との接続部付近が薄肉部となつている。

被告は、本件考案のアームは薄肉部を有しない可撓性のものであるのに対し、イ号物件のアームは剛性であり、この剛性のアームに可撓性の薄肉部を有する点で、両者は構成を異にすると主張する。

しかし、〈証拠〉によれば、イ号物件の薄肉部は棒状アームと一連一体のもので構成されており、棒状アームの一部分と解される。

〈証拠〉によれば、電気かみそりの駆動子において、振動子を往復運動せしめるアームに薄肉部を設けることは、本件考案の出願前から公知であつたことが認められ、イ号物件のアームが薄肉部を設けた点は、右の公知技術に示されるように単なる設計事項にすぎない。

本件考案は、「振動子に偏心軸の回転を往復運動に変換するアームを設け、このアームの軸受を振動板間外に突出させて成る」ものであり、右アームに薄肉部を設けてあるか否かを問わないものである。本件考案は、イ号物件のような薄肉部を設けると否とに関係なく、アームの軸受を振動板間外に突出させ、アームを長く形成することができる結果、アームが短い場合に比してアームにかかる応力を減少させることができ、アームの疲労を減少させることができるものである。薄肉部を設けたイ号物件のアームにおいても、アームの軸受を振動板間外に突出させたものであるから、アームを長く形成することができる結果、アームが短い場合に比して、アームの揺動支点である薄肉部に受ける応力を減少させることができ、結局アームの疲労を減少させることができることに変わりがない。

3  従つて、イ号物件の構成(2)は本件考案の構成要件(2)を充足することが認められる。

六イ号物件の製造販売等が本件実用新案権を侵害するか否かについて考察する。

1  イ号物件の構成(1)(2)が本件考案の構成要件(1)(2)を充足することは、先に認定したとおりである。

イ号物件の構成(3)(4)は、本件考案の構成要件(3)(4)と同一である。

イ号物件も、本件考案の作用効果(1)(2)と同一の作用効果を奏することは、先に認定したとおりである。

2  被告は、本件考案は、アームが振動方向に撓むので振動板は殆ど振動せず、可動刃は往復運動できないので、実施不能で無効であると主張する。

しかし、前述(五の1)のとおり本件考案は実施可能であり、被告が主張するような無効理由はない。従つて、本件考案の技術的範囲が実施例どおりに限定されなければならない理由はなく、本件考案の技術的範囲は登録請求の範囲の記載に基づき実質的に決定されるべきである。

3  被告は、「アームの長さを長くする」ことと、「アームの軸受を振動板間外に突出させた」こととは直接関連はないと主張し、本件考案が構成要件(3)にのみ特徴を有するのであれば、アームの疲労を減少するという作用効果を奏せざるものであつて、登録無効であると主張する。

しかし、本件考案がアームの軸受を振動板間外に突出することによりアームの長さを長くすることができるというのは、アームを振動板間内に配置する構造に比較した場合の相対的な効果であり、実用新案の効果として充分に成立している。即ち、振動板間の間隔を同一条件とすれば、アームを振動板間内に配置した場合に比較して、アームの軸受を振動板間外に突出させた場合の方が、アームの長さを長くすることができ、アームの疲労を減少させることができるというのである。被告主張の如く振動板間の間隔を広狭変化させ、条件を異にした場合の効果の優劣を意図しているのではない。

従つて、本件考案は、「アームの軸受を振動板間外に突出させた」ことにより、アームの長さを長くすることができ、アームの疲労を減少させることができるという効果を奏するのであり、被告が主張するような登録無効事由はない。

4  被告は、本件考案は意識的にAタイプの駆動子を有する電気かみそりに限定したものであり、原告は、その技術的範囲はBタイプの駆動子を有する電気かみそりに及ばないことを宣言したのに、本件訴訟において両タイプの駆動子の構成及び作用効果に差異がないと主張するのは、禁反言の原則に違反すると主張する。

しかし、本件考案の構成要件(1)の「垂下」の意味は「交叉」と同義に解すべきであり、本件考案は実施例としてAタイプの駆動子について説明しているが、Bタイプの駆動子であつても、アームの軸受を振動板間外に突出させた駆動子であれば、本件考案の構成要件を充足することは、先に認定したとおりである。本件明細書には、振動子、振動板及び垂下の意義について格別の定義を示す記載はなく、勿論、本件考案がAタイプの駆動子を有する電気かみそりに限定される旨の記載や、Bタイプの駆動子を除外する旨の記載もない。従つて、原告が本件訴訟において、Aタイプ及びBタイプの駆動子の構成及び作用効果に差異がないと主張しても、何ら禁反言の原則に違反するものではない。

なお、被告は、原告が別異の出願において、Aタイプの駆動子よりもBタイプの駆動子の方が優れた作用効果を奏する旨明言したとして、禁反言の原則に反するという。しかし、〈証拠〉によれば、右別異の出願にかかる発明(昭和五四年五月九日出願)は、本件考案(昭和五二年七月三〇日出願)より約二年後に出願されたもので、本件考案とは全く別の発明を対象としたものと認められる。従つて、本件考案は〈証拠〉の発明の記載内容によつて何らの制限を受けることもない。禁反言の主張は理由がない。

5  権利濫用の主張(被告主張6)について

本件考案の目的・構成・効果に鑑みれば、本件考案にあつては、前記のとおりAタイプの駆動子かBタイプの駆動子であるかに拘りなく、アームの軸受を振動板間外に突出させた駆動子であれば技術的範囲に属するのであるから、被告の主張は理由がない。

6 以上によれば、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属するものであり、被告が業としてイ号物件を輸入、製造、販売することは、原告の本件実用新案権を侵害するものである。

七請求原因7項の一段目の事実は当事者間に争いがない。上記で明らかなように右争いのない販売行為は原告の本件実用新案権を侵害する。

被告の右侵害行為は、被告の過失によつて行われたものと推定されるから(実用新案法三〇条、特許法一〇三条)、被告は原告に対し不法行為による損害賠償責任を免れない。そこで、原告の蒙つた損害について考察する。

本件考案の実施料率は、当裁判所に顕著な国有特許権実施契約書及び弁論の全趣旨に照らすと、売上金額の三パーセントをもつて相当と認める。

そうすると、原告は被告の本件実用新案権の侵害行為により、売上金額五億六〇二六万八〇〇〇円に三パーセントを乗じた一六八〇万八〇四〇円の実施料相当額と同額の損害を蒙つたことが認められる(実用新案法二九条二項)。

八してみると、原告の本件実用新案権侵害を理由とする次の請求は全て理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言及びその免脱につき同法一九六条一項三項を適用のうえ、主文のとおり判決する。

1  イ号物件の製造販売等の差止め及びその廃棄(実用新案法二七条一項二項)。

2  損害賠償金一六八〇万八〇四〇円及びこれに対する不法行為後である昭和五九年一二月五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払。

(裁判長裁判官横畠典夫 裁判官紙浦健二 裁判官大泉一夫)

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